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土浦亀城邸
設計者ブログ昨年の夏に訪れた京都の鈍考。
この私設図書室を設計された堀部安嗣さんは学生時代、大学での卒業制作が先生方から評価されず、進路に悩んでおられました。
そんな折、何度か足を運んでいた土浦亀城という建築家の自邸に卒業制作を持ち込み、土浦氏から「きみは建築家になりなさい」と言葉をいただいて、建築家への道を志したそうです。
その土浦亀城邸が移築・保存され、一般公開されている。
これはぜひ行ってみたいと思い立って3ヶ月。毎月、数分で売り切れるチケットを何とか手に入れて、東京まで足を運んできました。

せっかく東京まで行くのだからと宿を取り、1日目は10年以上ぶりに江戸東京たてもの園は前川國男邸へと向かいます。

久々に見る前川邸は、写真で見るよりやや小ぶりな印象。シンメトリーな外観と、それを実現する構造と間取りの整合は、住まいを屋根から考えることの大切さを教えてくれます。建具に使われた葛布を見て、掛川の葛布を勧めるときの売り文句にしよう、などと考えつつその場を後にしました。



他にもいくつか巡りましたが、特に印象深かったのがこちらの民家。青森にある父の実家は昔ながらの古民家で、それと同じ匂いがとても懐かしく、居心地よく感じられました。

たてもの園から数駅。武蔵境駅で降りて立ち寄った「武蔵野プレイス」。日本建築学会賞を受賞したというこの複合図書館には、たくさんの子供が夏休みの宿題なのか集まってはテキストを広げて話し合い、カフェには順番待ちの列があり、新聞や雑誌を広げたり眠ったりする大人たちが居並び、外の広場には猛暑の中でもランチを楽しむ姿があり、と多種多様な賑わいが見てとれ、はじめて”こんな公共建築を設計したい”という想いに駆られました。


様変わりした渋谷駅に迷いつつ、やっとの思いで辿り着いた代官山。駅にほど近い旧朝倉家住宅の注目すべきは、移築で構成された江戸東京たてもの園のそれとは違い、土地を活かした建築計画がそのままの場所で体感できるところです。まるで落ちてしまいそうな崖地の庭木を見下ろす杉の間の窓。斜面を滑りあがる風が北の中庭へ抜けていき、夏の暑さを少しだけ和らげてくれました。

新宿末広亭ではじめての寄席を楽しんだあとは、節約と建物探訪を兼ねてナインアワーズというカプセルホテルへ。


1mの高さでも眠りにつけるカプセルのひみつは、狭さ広さを錯覚させる曲線にあるのでしょうか。受付からロッカーまで整えられたデザインと無駄のないシステムによる、非日常感がたのしい宿泊体験でした。

2日目はお宿近くの築地本願寺へ寄ったあと、林芙美子記念館へと向かいます。

こちらも堀部安嗣さんが気に入り度々足を運んだと聞き、楽しみに訪れました。

昨日の民家の様な縁側もなく、深い軒下はないものの、南北に桁下げされた屋根の軒先は低く手が届きそう。そのぶん室内を下がり天井として、桁の低さを意匠的に解決しています。質素で機能的な設えとあいまって、林芙美子さんが思い描いた”愛らしく美しい”佇まいに感じられました。

最後はいよいよ、土浦亀城邸です。
チケット争奪戦をくぐり抜けた14名の参加者さんとともに、住宅遺産トラストの上品なスタッフさんの案内で室内へと進みます。

室内は撮影不可。印象深かったことを箇条書きで記します。
・土地と暮らしに根付いた多層構造。玄関上、リビングから続く印象的なスキップフロアは、当時はスピーカーが置かれ、時には楽団が演奏し、前川國男や谷口吉郎といった友人を招いてダンスに興じていたそうです。
・キッチンとダイニング双方から使える可動式の電話台や、切るものに合わせて使い分けされる引き出し式のまな板4枚、勾配のついた二曹のシンクとワークトップといった、たくさんの暮らしの工夫。
・天井に埋め込んだパネルヒーターや、玄関で客人をもてなすベンチ下の空調設備などの、温熱設計への試み。且つそれらが移築によって新たにスリットを設け、現代の空調へと丁寧に作り変えられていたこと。
・日当たりの良い女中部屋の配置から見える、当時の常識に囚われない住まい手への優しい視点。
・建築コストを考慮した内外壁の乾式工法や、その目地に揃えたポストや枠の寸法計画に見られる、質の良い暮らしを広く届けようという家づくりへの姿勢。
あっという間の1時間。
こどもたちがスケッチし、高校生が本にしたという素敵な冊子を頂いて、後ろ髪をひかれつつ建物を後にしました。


2日間、たくさんの建物を巡って辿り着いた土浦邸では、意匠も時代もまちまちでありながら、それらを総括されたような心持がしました。
土浦夫妻が海外で見知ったこと。今ある暮らしへの違和感や疑問。これからの暮らしへの提言。それらを富裕層にとどまらず、誰の手にも届けようとしたこと。そこにある情熱と深い愛情を、90年の年月を超えて移築された住まいが実体験として届けてくれました。
この価値を価値として信じ、これからに伝えようとした方々に感謝しつつ、私もそれを体現し伝えていくことの一端を担えたら、と思います。
鈴木孝明
参考: