ブログ
本懐
設計者ブログ30年近く前、まだ学生だったころの私は
部屋の模様替えをするのが好きでした。
部屋の広さや窓の場所は変わらないのに、
景色が変わり、居心地が変わるのが面白く
ベッドをここへ、テレビをこちらへと
あれこれ試行錯誤して楽しんでいました。
そんな12月のある日のこと。
学校から家に帰ると
わたしの部屋に
新聞紙がぽつりと転がっていました。
日中、家にいることの多い祖母が
家で一番日当たりの良い
明るく暖かな私の部屋で
新聞を読んでいたのです。
「勝手に入ってごめんね」
と新聞を受け取る祖母に
別にいいよと言葉を返した夜
みんなで晩御飯を囲みながら
来月に控えたお年玉の話を
祖母と交わしたことを覚えています。
◯
次の日、学校から帰ると
居間から離れたトイレへ続く
薄暗く寒い廊下で
祖母は倒れて亡くなっていました。
それがいわゆるヒートショックだと知ったのは
それから数年が経ち、
住まいについて学ぶように
なってからのことでした。

数々の心のこもった装丁で知られる
デザイナーの祖父江慎さんは、
著書”夜のデザインさん”で
こうおっしゃっています。
「いきものって、
たいてい「慣れ」の中でこそ
ゆったり生活できてる気もする。
でもそんな「慣れ」が、
それぞれにとっての
一番なのかどうかってことは、
たぶん別の問題なんだろうな。」
今ある暮らしの快適さが
その人にとっての一番とは限らない。
慣れ親しんだ場所や暮らしが、
ときに本当の快適さを
遠ざけてしまうこともある。
例えば、
家具の配置を少し変えるだけで、
家族の会話が増えるかもしれない。
みんなが集まるリビングが、
その土地のいちばん
居心地のいい場所ではないかもしれない。
毎日繰り返す所作の中に、
思わぬ危険が潜んでいるかもしれない。
世の中に溢れる色々な当たり前には、
まだまだ、より良く暮らすための伸び代が
隠れているように思います。
それは、多くの人にとって共通する
最大公約数的なものであったり、
その人にしか当てはまらない、
ごく個人的なもので
あったりするかもしれません。
そうした視点を大事にして、
今を疑い、新しい暮らしの形を提起していきたい。
そうして、
誰にとっても安全で長生きできる暮らしを、
楽しい思い出に溢れる暮らしを、
より多くの人に届けていきたい。
それが私の、家づくりに向き合う
大切な目的のひとつです。
鈴木孝明